将棋七冠王&七大タイトル制覇。「羽生善治」vs「谷川浩司」王将戦をご紹介

2017年11月3日

【 本記事のターゲット 】

  1. 羽生善治七冠王達成の瞬間を知りたい
  2. 七冠王を賭けた羽生vs谷川戦(王将戦)の内容を知りたい

今回は将棋のタイトル戦に関して、過去誰も成し遂げることが出来なかった七大タイトル制覇&七冠王誕生に関して、当時の内容をご紹介します。

もちろん、七大タイトル制覇を成し遂げたのはみなさんご存知の「羽生先生」になります。

現在羽生先生は「十九世名人」「永世王位」「名誉王座」「永世棋王」「永世王将」「永世棋聖」と6大タイトルの永世称号を保持しています。

第30期竜王戦七番勝負が今開催されておりますが、第2局までは羽生先生の2連勝、竜王のタイトルに関しては過去6期保有しており、今回仮にタイトル奪取となれば7期となって史上初の「永世七冠」を達成することになります。

そんな大記録達成が近づいている中で、ふと七冠達成の事を改めて振り返ってみましたので、当時の七冠達成を実現した時の状況をなるべくわかりやすくご紹介します。

※2020年追記:永世七冠の達成、おめでとうございます♪

谷川浩司に一度七冠制覇を阻止されている

史上初の六冠王、そして最後のタイトル王将への挑戦権獲得

羽生先生が初めてタイトルを取得した時が19歳2ヶ月の時の竜王戦、その後一度は無冠になりますが、 次のタイトル棋王位を獲得してから現在に至るまで、何かしらのタイトルを常に保持している状態が続いています。

何と、羽生先生の肩書きとして段位を名乗ったのは六段が最後、七段という表記がされた事がないというのにも驚きですよね。

段位ではなく、何かしらのタイトルの肩書きがある状態を27年近くも続けているなんて本当に超人ですよね...(2020年追記:現在タイトルを保有していないので、肩書きはなく九段として将棋に挑まれています)

さて、ちょっと話がズレましたが、1994年に当時の名人であった米長先生から奪取、また現将棋連盟会長である佐藤先生から竜王を奪取して史上初めての六冠王となりました。(ちなみに過去五冠王としては、大山先生と中原先生が達成しています)

そして残りのタイトルは「王将」。当時王将は谷川先生となり、この年の王将リーグでは5勝1敗、プレーオフを制して王将挑戦権を獲得しました。

フルセットの末、谷川浩司王将に敗れる

運命の谷川先生との王将戦。このタイトルを奪取すれば、将棋界の七大タイトル制覇という偉業を達成する事になります。

出典:朝日新聞

そして王将戦は3勝3敗とフルセットにもつれ込み...最終第七局を制したのは谷川先生、羽生先生は七冠達成を目前にして敗れてしまいます。

この時既に社会現象となっており、上記写真のように多くの報道陣が押し掛けて当時の様子をニュースなどで放送していましたね。

王将戦第七局を棋譜付きで解説

では折角なので、七冠目前で阻止された対局、王将戦第七局を棋譜付きで一通り見てみたいと思います。画面下の先手が谷川先生、画面上の後手が羽生先生です。

相居飛車、矢倉模様で最初駒組は進んで行きました。

途中3筋で谷川先生が仕掛けたのを見て、羽生先生が角で2筋の飛車を牽制するようなやりとりとなり...

そこから谷川先生は3筋から、羽生先生は中飛車としてお互い攻め合います。

羽生先生の方が馬も作って谷川先生の飛車も止めて上手く指しているように見えたのですが...少し上部に広がっていますが、谷川先生の玉周りには金銀が4枚居るのに対して、羽生先生側は金2枚...

終盤はお互い龍を作って攻め合いに持って行きますが、谷川先生の玉周りがかなり堅く、また羽生先生の手駒が金がない&角しか持っていない状態なので仕方が無く△7八角打と...

これが詰めろになっていないので形勢はこの時点で先手の谷川先生が優勢です。

最後は羽生先生の玉の逃げ道を塞ぎ、谷川先生の玉には詰めろすら掛からない状態で、▲1六桂打という手をみて111手にて羽生先生投了となりました。

七冠目前で阻止された羽生先生...翌年再度挑戦し七冠制覇を目指すには、保有している6大タイトル戦での挑戦者との戦いを全て勝利し、さらに王将戦の挑戦者取得&谷川先生に勝利するという通常であれば絶対不可能な条件が課せられてしまいます。

誰もがやはり七冠制覇は不可能なのか...と思っていたのですが...

将棋七大タイトル独占、七冠王達成の瞬間

1995年度、六冠全てのタイトル戦で挑戦者に勝利

七冠制覇を目前で阻止された羽生先生...しかしそれで終わらないのが羽生先生の凄い所です。

翌年から始まった保有タイトルの防衛戦が当然の如く始まります。一つでも落とすと七冠制覇は不可能なので、全て防衛する必要があるのですが...

タイトル戦なので、予選を勝ち抜いてきたトッププロ棋士との対局...それに対して、何と何と6つのタイトル戦全て勝利&防衛を果たします。

本当にありえないです...汗。ちなみに当時のタイトル挑戦者は下記。

  • 棋王戦(対:森下卓)
  • 名人戦(対:森下卓)
  • 棋聖戦(対:三浦弘行)
  • 王位戦(対:郷田真隆)
  • 王座戦(対:森雞二)
  • 竜王戦(対:佐藤康光)

三浦先生や郷田先生、佐藤先生は今でもトップ棋士ですよね。そんな超強豪を相手に全て防衛する羽生先生はまさに超人。

そしてこれらを防衛する事で、通算タイトル獲得数が20期を超え、当時大山先生・中原先生に次ぐ歴代3位となりました。

さらに王将戦挑戦権獲得

そして防衛するだけでは駄目ですよね、そう、谷川先生が保有している王将を奪取しないと七冠達成にはなりません。

なので王将戦のタイトル挑戦者になる必要があるのですが、何と第45期王将リーグにて中原先生に1敗を喫したものの、村山聖、森内俊之、丸山忠久、郷田真隆、有吉道夫に勝って5勝1敗の1位となって、2期連続で谷川王将への挑戦権を獲得してしまいました。

通常1タイトルへの挑戦権も他棋士と戦って勝たないと挑戦出来ないのですが、全て防衛してさらに挑戦権まで獲得してしまうなんで...本当に超人、当時は無敵・敵無しの状態でしたね...

王将戦4連勝で奪取、七大タイトル独占&七冠王誕生の瞬間♪

そして七冠制覇をかけた運命の王将戦がスタート。前回はフルセットの末に敗れた羽生先生でしたが、本当にこの年は無敵・無双状態。何と王将戦も3連勝といきなりリーチをかけます。

そして迎えた第4局、実はこの対局時に羽生先生はかなりの体調不良になっていたらしく、体温が39度ある状態で将棋を指さなければ行けない状態に...39度ある状態で将棋って出来ます?普通無理ですよね...

しかしそんな体調不良をまったく見せないような改心の棋譜・対局を披露します。そして...

出典:朝日新聞

1996年2月14日、第45期王将戦7番勝負第4局にて挑戦者の羽生六冠(当時25歳)が谷川浩司王将(当時33歳)を破り、4連勝で史上初の全七冠制覇を成し遂げました♪

上記写真を見て分かる通り、ものすごい報道陣の数で、当時ニュースの速報で七冠達成と報道されるなど、社会現象として日本全国の方が羽生さんの名前を知る事になる出来事となりました。

七冠制覇を成し遂げた最後の対局、王将戦第四局を棋譜付きで解説

ではその七冠制覇した時の王将戦第4局を棋譜付きで解説してみたいと思います。先手画面下が谷川先生、後手画面上が羽生先生になります。

戦型は横歩取りの急戦模様となりました。途中羽生先生が上記のように3筋に飛車を振ってひねり飛車のような形に持って行きます。

そこで羽生先生が△4四角打と飛車と香車両取りをかけます。ここで谷川先生は▲5六角打と打ち返しました。

もし飛車が3五の地点に逃げれば角の飛車当たりが無くなります。もし横に逃げると場合によってはそのまま桂成で飛車金両取りにして二枚替え&桂馬成りが残るのでかなり激しい戦いになりそうです。

実戦は△3五飛と指したので、その後桂馬を裁き、羽生先生側は△9九角成と香車を取る&馬を作る事に成功します。

さらに飛車もそのまま攻め込む事に成功し、下記のような局面に...

既にこの時点で谷川先生の玉周り...左も右も龍と馬に挟まれて絶体絶命状態に...この後▲5八金としますが、△4八香成、▲4七金、△5八銀打、▲6八玉、△4七香成と羽生先生は龍を捨てて詰めろをかけにいきます。

左の金銀が壁となってかなり厳しい状態です。谷川先生は仕方がなく▲8八金と指しますが、△6九金打、▲7八玉、△5七香成、▲8六歩、△6七香成、▲8七玉、△7九金と成香と金銀で谷川先生の玉をどんどん端に追いつめて行きます。

この手筋を見た時、羽生先生が初めてNHK杯で優勝した時の決勝戦、羽生 vs 中原戦を見ているような感じでしたね。

そして下記局面△7八金となり...

谷川先生が82手にて投了、この瞬間七大タイトル制覇&七冠王の誕生となりました。

その後、棋王戦にて2期連続で三浦弘行五段(当時)を挑戦者に迎え、フルセットの戦いとなったが最終第5局で三浦先生に敗れ、七冠独占は167日、約半年で幕をおろしてしまいました。

ということで、今回は羽生先生が七冠王になった時の状況を詳しくご紹介してみました。

羽生先生の将棋は本当に面白いので、過去の棋譜はもちろん、今後も注目して見て行きたいと思っています。